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- 加味四物湯《医学正伝》
- 参帰養栄湯《万病回春》
- 小建中湯
- 「京師四条街の賈人、三井家の家僕○○は、
四肢憊惰。時ありて心腹切痛し、居常、欝欝として気志楽しまず。諸治效なし。一醫某なる者あり。《吉益東洞》先生の異能あるを以て之をむかえんことを勸む。賈人の曰く「固より先生の名を聞く。然れども古方家、多くは峻薬を用う。是を以て懼れていまだ請わざるのも」と。醫乃って更に諭す。且つその害なきを保す。遂に先生を診す。腹中攣急し之を按じて弛まず。乃って建中湯をつくりて之を飲む。その夜、胸腹煩悶し、吐下傾くが如し。賈人大いに驚懼す。某醫を召して之を責む。醫の曰く、東洞用うるちところ、峻剤に非ず。疾、適々発動せるのみ。と。賈人なお疑う。
又、先生を召し、意、復び服することなきを欲す。先生の曰く、余、処するところ吐下の剤には非ず。而して此の如し。その甚だしきものは、蓋し、彼の病毒勢すでに敗し伏するところなし。因って自ら潰遁せるのみ。益々攻むるにしかず。と。賈人乃ちその言に服す。先生乃ち還る。翌早、病者自ら来り、謁して曰く、「吐下の後、諸證脱然とす。頓に、平日の如きなり」と。《建珠録》
- 清燥湯《脾胃論》
- 大防風湯《和剤局方》+陳久散
- 苓桂朮甘湯
- 「丸亀侯の臣、○○の女弟、
痿躄を患う。諸治效なし。 《吉益東洞》先生之を診す。體内ロ動し上気殊に甚だし。桂苓朮甘湯をつくりて、之を飲ましむ。須臾にして坐尿すること二十四行。乃ち忽然として起居す。」《建珠録》
- 南足立群西新井村に○○と云う農夫の妻25歳
は産後悪露が下らず、下腹から心下に攻めあげてくるように時々痛み、両脚の力がなくなって歩くことが出来ない。手足はだるく、口が渇き、飲食に味がなく、心下に動悸があり、発熱し、脈は洪大で力がない。余は血のせいだと考え、桂枝茯苓丸料を与えたが、これで悪露が少し下った。しかし全身に浮腫が現れ、口渇がひどく、小便が少なくなり、熱もある。そこで巫神湯に転方したところ、浮腫は去った。その後、心下部が差し込むように痛み、下痢が1日に数行もあるようになったので、真武湯に転じ、下痢は止んだ。そこで十全大補湯を与えて、諸症大いに軽快し、両脚も少し動かすことが出来るようになったので、続いて前方を与えておいたが、その後、格別のこともなく、また悪くもならない。そこで山田業精に相談したところ、伯父椿庭翁の医学管錐外集苓桂朮甘湯治痿の条を示した。此を読み、これを考えるに、この患婦の症は、もとより虚症で、その上に心下逆満・動悸・眩暈などがあるから、苓桂朮甘湯の適応症であろうと、すぐ家に帰り、これを与えた。すると3貼で逆満・動悸・眩暈が大いに去り、随ってよく歩くこことが出来るようになった《山田富士左衛門》
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