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- 茵蔯蒿湯
- 温経湯
- 加味逍遥散
- 加味逍遥散+四物湯
- 帰脾湯
- 今俗に云う癇証で、しきりに物事を苦にして種々の容体を言うて、自ら大病となし、或いは自刃せんとし、或いは悲傷する者がある。しかし時によっては、起居、飲食とも変わりなく、診察してみると、多くは脈が沈細で、人参や附子を用いたい様である。しかしこのような証はひどい虚証のように見えても、うっかり人参や附子の入った方剤はやれないものである。先ず疏肝散(柴胡剤など)がよい。
1婦人が癇症だといって治を乞うた。そうして言うに、私の病気は癇症だけれども、帰脾湯を用いないで下さいという。そこで余がその訳を詰問すると、婦人がいうのに、先年、私の夫が癇症にかかって、ある医者に治を乞うたところ、その医者が虚証と判断して帰脾湯を与えた。
するとたちまち上逆、発狂して自殺してしまったと。
余はこれを信ずることが出来ず、疑問に思っていた。ところが、その後、また1人の婦人が癇性で治を乞うたが、虚証のように見えるので帰脾湯を用いたところ、たちまち発狂して、井戸に飛び込み死んだ。そこで始めて、前の婦人の云ったことが、こじつけでないことを知り感服した。
その後、また1人の男子の癇症を診察し、よほどの虚証であったから、帰脾湯を用いたところ、1年ばかりで全治した。
帰脾湯は、証に適中すれば、その効は神の如くすばらしいが、一度誤るときは、人を殺すこともすみやかである。よくよくつつしみ、虚実を弁別して用いなければならない。《椿庭夜話》
- 荊芥連翹湯
- 桂枝茯苓丸
- 香蘇散
- 柴胡加竜骨牡蛎湯
- この方を癇症や癲狂に用いてしばしば効を得た。
当今の病人は、気鬱と肝うつの病人が10中の7、8である。肝うつが募ると癇症となる。婦人はわけても肝うつと癇症が多い。この場を会得すれば当今の雑病の治療も困難ではない。《傷寒論》では胸満、煩驚、小便不利の者に用いている。この数症の中で、胸満が主症で、煩驚、小便不利が客症である。畢竟、胸満するから自然と胸中が煩する。煩するから精神が不安で事に触れて驚くようになる。気が胸に上って結ばれるからそこに鬱積してめぐらない。それで小便の不利が起こる。それ故にこの方を用いる標準は胸満である。もちろん大小便の通じ悪く、煩驚があれば正面の証である。さて癇症は色々の証を現す病で、夜床につくと、眼に色々のものが見えたり、また水気が臍の下から攻め上がって呼吸が促迫して、脚気衝心のようになったり、発作のたびに手足がひきつれ、ひどいときは痙病のように、反り返る。夜間たまたま眠ると夢を見、種々の症状を現す。このような場合、胸満、煩驚、小便不利があれば、必ずこの方を用いるが良い。《餐英舘療治雑話》
- 年が40歳あまり。
ある日突然眼を見張って、まばたきをせず、訳の分からないことを口走り、屋根に登ったり、垣根を飛び越えたりして走り騒ぐようになった。またひどい大食で、鰯魚のなますを大きな盆に1杯入れてあったものを半分も食べて、まだ飽きたらないもののようである。その上、からだや四肢を団子大のものが走り回るようになった。そこで人々は狐つきだとして、神に祷ったり、仏にお願いをかけたり、針をしたり、灸をしたり、刺絡をして血をとったり、薫法をして煙を嗅がせたり、ありとあらゆることをした。こんな風で100日ほどたったが、依然として治らない。ところがたまたま団子大のものが3つも4つも左の顎のところに集まって、瘰癧のようになり、ひどく歯が痛むようになった。すると、いままでも狂躁状態がピタッと止み、ただ訳の分からないことをいうだけとなった。そこで余に往診を乞うた。
余はこれを癇症と診断して、柴胡加竜骨牡蛎湯を与えたところ、歯痛が治まり、瘰癧の様なものも、だんだん消え、妄語もまた止んで10日あまりで全治した。その後は感冒のような軽い病気にかかっても、他の薬剤よりも、柴胡加竜骨牡蛎湯の効く場合が多くなった。(福富元・和漢医林新誌第76号)
- 柴胡加竜骨牡蛎湯+陳久散
- 柴胡桂枝乾姜湯
- 柴胡清肝湯
- 柴朴湯
- 三黄瀉心湯
- 四物湯
- 参蘇飲
- 大建中湯
- 当帰四逆加呉茱萸生姜湯
- 当帰芍薬散
- 補中益気湯
- 六君子湯
- 苓桂朮甘湯
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