頻度
- わが国の地域の住民がうつ病を体験する頻度は、平成14年度に無作為抽出された1,664人の住民を対象に行われた厚生労働省研究班の調査(「こころの健康に関する疫学調査の実施方法に関する研究(主任研究者吉川武彦)及び同特別研究事業「こころの健康問題と対策基盤の実態に関する研究」(主任研究者 川上憲人)」によれば、DSM-IV(米国の診断基準)による大うつ病性障害の12ヶ月有病率(過去12ヶ月間に診断基準を満たした人の割合)は2.2%、生涯有病率(調査時点までに診断基準を満たしたことがある人の割合)は6.5%、ICD-10(世界保健機関の分類)診断によるうつ病の12ヶ月有病率は2.2%、生涯有病率は7.5%であり、これまでにうつ病を経験した人は約15人に1人、過去12ヶ月間にうつ病を経験した人は約50人に1人でした。また、うつ病の平均発症年齢は20歳代でした。
危険因子
- うつ病は女性に多くみられますが、これは女性ホルモンの増加、妊娠、出産など女性に特有の危険因子や男女の社会的役割の格差などが男女差の原因として指摘されています。うつ病の平均初発年齢は20-30歳の間で、一般には若年層に高頻度にみられます。また、海外では低学歴、低収入・貧困、無職者にうつ病が多いとされていますが、わが国の調査では社会経済要因との関連ははっきりと証明されていません。
そのほか、海外では、養育体験、最近のライフイベンツ(離婚、死別、その他の喪失体験)、トラウマになるような出来事(虐待、暴力など)、社会的支援、性格傾向(神経症傾向など)がうつ病の危険因子として報告されていますし、急速な都市化が影響するという可能性も指摘されています。
受診行動
- 平成14年度に上記の研究班が行った大規模疫学調査では、DSM-IVによる大うつ病の生涯経験者のうちこれまでに精神科を受診した者は18%、一般診療科を受診した者は8%、いずれかの医師を受診した者は25%でした。過去12ヶ月間の経験者では、11%が精神科を、3%が一般診療科を過去12ヶ月間に受診していました。
個人及び社会への影響
- うつ病にかかると著しい精神的な苦痛を体験しますし、その程度にかかわらず社会的な機能が低下し、日常生活に支障が生じますし、自殺の危険性も高まります。虚血性心疾患、糖尿病、骨粗鬆症などの一般身体疾患にかかる危険性も高まることもわかっています。米国ではうつ病による経済的損失は年間530億円と推定されています。
経過
- うつ病にかかっても数ヶ月で症状が治まる人が多いのですが、大うつ病性障害と診断された人の40%が1年後になお大うつ病エピソードの診断基準を満たしており、それ以外でも20%の人が何らかの抑うつ症状を呈していたという報告もあります。いったん改善しても約60%が再発しますし、2回うつ病にかかった人では70%、3回かかった人では90%と再発率は高くなります。
米国では、うつ病にかかった人で完全に症状が消失する人は3分の2、症状が変わらないか軽くなるだけの人は3分の1であると言われています。入院経験のあるうつ病の人を15年間追跡調査をした英国やオーストラリアでの研究では、その後一度も再発しなかった人が2割、症状が変わらない人や自殺で命を落とす人が2割、再発を繰り返す人が残りの6割だと報告されています。 このようにうつ病は長期に持続する疾患であり、早期発見が大切であるだけでなく、長期にわたってのケアが必要な病気でもあり、地域での援助が非常に重要になってきます。例えば、新潟県松之山町ではうつ病のスクリーニング、専門家による診断面接、診療所医師による治療と保健師によるケアを10年間実施し、10万人対自殺率が434.6から123.1に減少しました。岩手県の浄法寺町でも同じような成果が報告されています。
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治療
- うつ病の治療は、薬物療法などの生物学的治療、精神療法、環境調整の3本柱で行います。
1)生物学的治療
- 物学的治療には薬物療法や電気けいれん療法があります。電気けいれん療法は最近では麻酔下で無けいれんで行う手法が使われることが多く、症例によってはきわめて効果的です。
薬物療法は、これまで使われてきた三環系抗うつ薬や四環系抗うつ薬に加えて選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)やセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)が使用可能になり、治療薬の選択の幅が広がりました。薬物療法では次の各点に注意する必要があります。
- 服薬を始めてすぐに効果が現れるわけではなく、一般に1週間から3週間の期間が必要です。
- 薬物療法の効果を上げるためには十分な量をきちんと服薬することが重要です。慢性化している例ではきちんと服薬していない例が多いと報告されています。SSRIでは急激に中止するとインフルエンザ用の症状がでることがあります。この薬剤に限らず、中止するときには医師と相談しながら徐々に減量していくことが必要です。
- 症状が改善した後も服薬を続けることが必要である。前述したようにうつ病の再発率は高いのですが、効果が出たときと同じ量の薬を服薬し続けていると再発率が低くなります。ですから、初発の場合にはうつ病改善後半年から1年、同じ量の抗うつ薬を服用することが勧められます。また、3回以上再発している場合などには、高血圧などと同じように、一生にわたって服薬することが望ましいとされています。
2)精神療法
- 精神療法(心理療法)のなかでうつ病に対する有効性が確認されているものに、認知療法と対人関係療法があります。こうした精神療法の具体的な方法の詳細については成書をご参照下さい。認知療法は、認知、つまり現実の受け取り方や考え方が私たちの情緒状態に影響を与えるという理解にもとづいて、悲観的すぎる認知をより現実的なものに修正し、問題解決を手助けすることによってうつ病を治療しようとするものです。とくに、うつ病の場合には、自分自身に対して、周囲との関係に関して、そして将来に対して極端に悲観的になっており、その悲観的な考えがますます気分を沈み込ませることになっていることから、現実的な問題に目を向けながら悲観的すぎる考え方を修正することになります。対人関係療法は、対人関係のつまずきがうつ病の誘因や持続因子になっていることが多いことから、対人関係の問題の解決を通してうつ病の治療を図ろうとするものです。とくに、精神的に重要な位置を占めている親しい人との別れや意見の食い違い、役割の変化に伴う人間関係の変化、対人関係の持ち方のスキルの問題に焦点づけて精神療法が行われます。
3)環境調整
- うつ病の発症に環境要因が影響していることはすでに述べた通りですが、治療に際してはそうした環境のマイナス要因を解決することも重要になります。その場合には、地域や家庭、職場の人間関係やストレスなど総合的な視点から検討する必要があります。また、それとともに、心の健康に関する日常の啓発活動も重要な役割を果たします。
補足:双極性障害
- 気分障害は、うつ病性障害(単極性うつ病)、双極性障害、一般身体疾患による気分障害と物質誘発性気分障害とに分けられます。このマニュアルで主に挙げたものはうつ病性障害ですが、躁症状がある双極性障害(いわゆる躁うつ病)でもうつ病と同じような抑うつ症状が現れます。
しかし、双極性障害ではうつ病とは違った治療が必要になりますので注意が必要です。とくに重要なのが薬物療法で、双極性障害は気分安定薬(炭酸リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピン)をおもに使って治療します。双極性障害に抗うつ薬を安易に使用すると効果がないばかりか、うつ病相と躁病相を頻繁に(年4回以上)繰り返し治療が困難な急速交代型と呼ばれる状態になる危険性があります。 以下に躁病エピソードの診断基準を示しますが、軽い躁状態の時にはただ元気が良いだけだと受け取られて見落とされがちですので注意しなくてはいけません。いつも以上に元気で、そのために軽いトラブルが続いているようでしたら双極性障害の可能性がありますので、主治医に相談するように勧めてください。
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躁病エピソードの特徴的症状
- 気分が異常かつ持続的に高揚し、開放的または易怒的ないつもとは異なった期間が、少なくとも1週間持続する(入院治療が必要な場合はいかなる期間でもよい)。
- 気分の障害の期間中、以下の症状のうち3つ(またはそれ以上)が持続しており(気分が単に易怒的な場合は4つ)、はっきりと認められる程度に存在している。
- 自尊心の肥大、または誇大
- 睡眠欲求の減少(例えば、3時間眠っただけでよく休めたと感じる)
- 普段よりも多弁であるか、喋り続けようとする心迫
- 観念奔逸、またはいくつもの考えが競い合っているという主観的な体験
- 注意散漫(即ち、注意があまりにも容易に、重要でない関係のない外的刺激に転導される)
- 目標志向性の活動(社会的、職場または学校内、性的のいずれか)の増加、または精神運動性の焦燥
- まずい結果になる可能性が高い快楽的活動に熱中すること(例えば、制御のきかない買い漁り、性的無分別、馬鹿げた商売への投資などに専念すること)
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