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腹診 日本漢方の特徴1つのに、腹診を開発したことがあります。中国漢方には無く、西洋医学の腹診とも、その方法や目的が異なります。多くの天才を輩出した江戸時代に確立された腹診は、「気」の流れと、虚実の判断を可能にする事で随証療法の精度を高めました






<1>普通漢方というと現在、中国で行われている中国の伝統医術と同じものと思っている向きも多いようであるが、それは、とんでもない間違いである。
我が国の医術は、鎌倉時代に中国の伝統的な医術から脱皮する萌芽見られ、室町の中期に医聖《曲直瀬道三》がでて、中国の伝統的な医術から脱皮して、我が国独自の医術体系をつくっている。
そして、この道三流の医術が全国を風靡して、徳川の中期に及んだが、徳川の中期に医傑《吉益東洞》が出て、この道三流の医術に真っ向から反対し、厳正な批判を加え、我が国の医術は古代の漢方に復古すると同時に、我が国、独特の漢方がうち立てられた。それ故、我が国の漢方はまったく現在の中国の伝統医術とは別のものであることを知らねばならない。それはあたかも現在の日本の文章が、漢字や漢語と用いて書かれて居るけれども、訓み方も、使用法も、中国とは全く違っているのと同じことである。(中略)
<2>中国には医学を創始した医祖神が二柱ある。神農と黄帝である。神農系の医学は不老長寿を目的とする医学で、黄帝系の医学は純粋に疾病を治療するための医学である。病がなければ人間は天寿を全うして長生きできる訳ではあるが、不老長生ということと疾病を治療するということは、厳密に区別しなければならない。(中略)
中国では、この二つの医術は後漢の頃までは、ハッキリと対立していた。そして神農系の医学は神農の易学によって体系づけられ、黄帝系の医学は黄帝の易学によって体系づけられていたのである。
現存する『易経』によると、易には三種あって、「連山」と「帰蔵」と「周易」だとされているが、「周易」は神農易を母胎とするもので、黄帝易は現在の『易経』の説卦伝中に述べられている易説であることがわかる。その思想体系が全く違っているのである。
神農系の易学は現存の『易経』の思想体系と同じで[有]の哲学であり、陰陽の二元が四象に分れ、その四象がさらに八卦に発展し、この八卦を重ねて陰陽が六十四卦に変化して、宇宙万物の実相が明らかにされるというものである。
これに対して、黄帝の易学は[無]の哲学である。宇宙万有は無というものが、活動が太始、太初、太素などの経過を経て陰陽未分の渾沌の気を生じ、この気が分かれて陰陽が生じ、この陰陽から三陰三陽に発展し宇宙の万物が発達すると説くのである。(中略)
<3>我が独自の医術は、徳川の中期に出現した医傑《吉益東洞》によって創始された。(中略)東洞の医学は壮観である。彼は宋・元の後世医学を排斥して、漢の古方に帰れと説くばかりでなく、漢の古方の医説さえ批判して、さらにこれを乗り越えて、医の術は方のみ、方に古今なし、ただ証に随って方を選用し、証が去って病が治すればそれで良いと言い、また病因病名に拘らない。万病は唯一毒であると主張したのである。このような考え方は古今東西にないことである。しかも彼は、この自説を実践して奇蹟的効果をあげている。
(荒木正胤著「月刊・薬事」十五巻五号参照)
伏羲が八卦を画し、文王がこれを演べて64卦とし、
文王と周公が卦爻の辞(彖辞と爻辞)を作り、孔子が十翼を作った。
◎易には3つあった。
「周礼(シュウライ)春官大トの職には、三易の法をつかさどる」
『周易』『連山』『帰蔵
易は陰陽の変化を以て天地人三才の道を演べたもの。
現在、伝わっているのは周易。
古方 ・吉益東洞のいう「古方」とは、「傷寒論」や「金匱要略」に記載された処方のみを用いることではなく、張仲景の医論である「方」と「証」を対比させた治療法則をもつものを古方といっている。
古方と後世派では「陰虚」の意味が違う。→古方の漢方処方
傷寒論 ・いろいろな病気の症状・経過・適用すべき方剤などを、重症の傷寒と軽症の中風とを例にとりながら、説いたのが《傷寒論》。早くから臨床医学の宝典として珍重され、《黄帝内径》とともに後世の医家に用いられた。わが国近世中期に、傷寒論にもとづく医学理論を重視した学派を古医方という。もとは《傷寒卒病論》十六巻。現行本は、晋の王叔和の改編を経て、北宋の治平年間(1064〜67)に改訂されたもの
6つの要素 陰陽論から出てくる4つのファクターでは変化の増減は説明できない。
変化を説明するには6つのファクターが必要になることは、理論物理学の分野で中性子の数が6つ必要であることを数学的に証明した(違いが出来る条件を計算した)『小林・益川理論』で明らかにされた。2008年ノーベル賞を受賞。
理論発表当時はクォークの数は3個しか発見されていなかった。
彼らは対照性が崩れて変化が起きるには6つのクォークが必要であることを数学的に証明し、1944年になって6つのクォークが発見された。
さらに、つくばにある「高エネルギー加速器研究所」での「Bファクトリ」実験から物質(ここではB中間子と反B中間子)の壊れ方と壊れる時間に違いのあることが発見された。
・・・BファクトリのBはボトムの略
宇宙の始まりは、とんでもない高温の中から「粒子」と「反粒子」が出た。粒子と反粒子がぶつかるとどちらも消滅し光のエネルギーが出てくる(アインシュタインの相対性原理)。
「粒子」は3つのクォークに分かれ、「反粒子」も3つのクォークに分かれる。
(粒子) (反粒子)
左回り 右回り
マイナス(−) プラス(+)
ボトム(クォーク)
ストレンジ(クォーク)
ダウン(クォーク
トップ(クォーク)
チャーム(クォーク)
アップ(クォーク)

確認
米フェルミ国立加速器研究所を中心とした国際研究グループは、「Bs中間子」と呼ぶ粒子が一瞬のうちにその反粒子に変化し、また元に戻るのを繰り返す振動現象を初めて観測することに成功した。
粒子の振る舞いを説明可能にした「小林・益川理論」を改めて裏付けた。
Bs中間子の振動は他の中間子よりも振動周期が極めて短く観測が難しかった。中間子を発生させるためにぶつける陽子に高エネルギーなものを使い、中間子が中止か反粒子かを調べる制度を向上させた。
観測の結果、Bs中間子の振動数は1秒間に約2兆8000億回分かった。誤差は約4%でこれまで他の実験から予測されていた約5倍の精度。振動数は小林・益川理論の予想範囲内に収まっており、理論の正しさを照明したことになる。
物質には陽子や電子など普通の粒子で形づくられている粒子と、質量などが同じで電気的な性質が正反対の反粒子があり、粒子と反粒子が出会った瞬間に両粒子とも消滅し光が発生する。
宇宙誕生時、普通の粒子と同じ数の反粒子があれば宇宙に物質は存在しないはずだが、現実の宇宙には粒子だけが残っている。小林・益川理論はこの理由を説明できる。2006.4.17《日本経済新聞》
漢方医学(中医学)における陰陽論では2が4になり4が8になる。これでは変化は起きないし説明が出来ない。そのため易経(周易)では筮竹という別のファクターを用意した。
傷寒論が採用した三陰三陽論では、内在的に変化を説明できる。病状などが時系列的に説明できるのである。治療は患者の症状が三陰三陽のどの位置にあるかで、使用する処方が違ってくるし、また処方も決めやすい。
ところが陰陽論(二元論)では堂々巡りの理論構成になるため、次々と別のファクターを取り入れる必要が出てくる。
日本漢方は三陰三陽論を中心に組み立てられているので、治療に向いている。
別の表現をすれば、陰陽論は静態的状態は説明できるが、動態的変化は説明できない。収入と支出は最終的はイコールになるが、その間の過不足は陰陽論では説明できないのである。
6つ目の状態 物質は周囲の温度などに応じて「気体」「液体」「固体」など5つの状態(相)をとることが知られていたが、米研究グループは2004年1/28、極低温下で6番目の物質の相を発見したと発表。物質の電気抵抗がゼロになる超電導と深い関係にあるとみられ、研究グループは産業分野への応用も期待している。
 米国立標準局と米コロラド大学の共同研究チームの成果。
同チームは1995年に物質の5番目の相となる「ボーズ・アインシュタイン凝縮」を極低温下で見つけ、2人が2001年にノーベル物理学賞を受賞した。今回の発見はそれに匹敵する業績。
 物質は周囲の温度が上がると「固体」から「液体」「気体」「プラズマ」へと相を変えられる。一方、極低温の絶対温度(−273℃)に近づくと、物質は超電導など奇妙な性質を示すようになるが、新たに見つかった6番目の相である「フェルミ凝縮」はこれらの現象と密接な関連があるという。
物質
6つの状態
フェルミ凝縮
ボーズ・アインシュタイン凝縮
プラズマ
気体
液体
固体
密教 密教では宇宙の構成要素を“六大”と呼んでいる。
六大とは、[地][水][火][風][空]という物質的な要素と[識]という精神的な要素からなる。
関連情報
漢方医学

陰虚
医食同源
古方の漢方処方

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