| 6.典型的症例 |
<尿失禁頻尿治療薬> |
- [症例 1]
60 歳代、男性
主訴:頻尿
現病歴:1 年半前頻尿にて初診となった。国際前立腺症状スコア(IPSS)23 点で蓄尿症状が強かった。
QOL スコア6点。
- 前立腺特異抗原(PSA)0.95 ng/mL。前立腺は体積15mL と小さかった。尿流測定の結果(図2)、最大尿流率18 mL/min、平均尿流率6
mL/min、残尿10 mL で、排尿障害(排尿困難)は軽度と判断した。
受診後経過:α遮断薬の塩酸タムスロシン(0.2 mg)1 錠と抗コリン薬の塩酸プロピベリン(10 mg)1 錠が投与された。この年、受診は一回だけで投薬も1ヶ月で終了していた。
半年前、夜間頻尿(4〜5 回)にて再診となった。前立腺体積15.7 mL(図3)、残尿4 mL で、排尿日誌より夜間多尿の傾向も認められた(夜間尿量率38%)。水分の摂取制限の指導を行うと共に、α遮断薬のナフトピジル(25
mg)2 錠が投与された。しかし夜間頻尿改善せず3 錠に増量されたがやはり夜間頻尿は不変であった。抗コリン薬が必要と考えられ、4 ヶ月前より塩酸タムスロシン(0.2
mg)1 錠と塩酸プロピベリン(10 mg)2 錠が開始された。2 剤の併用が開始された2 週後、尿意があっても排尿できず、下腹部が膨隆してきたため他院受診、尿閉と診断され尿道バルーンカテーテルが留置された。当科では塩酸プロピベリンを中止し、1
週間カテーテル留置の後、塩酸タムスロシン投与下にカテーテルを抜去した。自排尿は可能となったものの30 分毎の尿意と常に200mL 以上の残尿を認めていた。前立腺体積は小さく、これが原因で下部尿路閉塞を生じている可能性は低く、むしろ膀胱平滑筋の収縮障害(低活動膀胱)と判断し、α遮断薬シロドシン(2
mg)4 カプセルと塩化ベタネコール30 mg が投与された。しかし排尿は改善されず残尿は常に200mL 以上で、時々間欠導尿が施行されていた。膀胱の内視鏡検査を行ったところ前立腺部尿道では腺腫による圧排と膀胱への突出がみられ(図4)、膀胱壁は肉柱形成を認めた。また内圧流量測定(pressure-flow
study)では高圧排尿であった。前立腺体積は小さいが下部尿路閉塞による排尿障害と診断され、経尿道的前立腺切除術を行った。切除重量は8g であった。
手術後経過 術後1 週間の尿流測定では最大尿流率25 mL/min、平均尿流率8 mL/min、残尿10 mL と排尿状態は著明に改善し(図5)、半年経過した時点でも残尿は認められなかった。
当症例は159cm、53kg と小柄な体型で、初診時の前立腺体積は15mLであった。前立腺肥大症診療ガイドラインでは前立腺体積を20mL で区別しているが、小柄な当症例では15mL
であっても下部尿路閉塞を来たす可能性があることを示唆している。初診時の尿流量測定で排尿障害は軽度と判定されても、下部尿路閉塞に対する膀胱の代償機能が働いて一見正常そうにみえるだけなのかもしれない。加齢に伴う膀胱機能障害(膀胱平滑筋収縮障害)を加味するとやはり高齢者に対する抗コリン薬の投与は十分慎重でなければならないと思われる。抗コリン薬は過活動膀胱に対する第1
選択薬であるが、50 歳以上の男性では常に前立腺肥大症などの下部尿路疾患の有無をチェックしながら投与しなければならない。
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<抗精神病薬・抗うつ薬> |
- [症例2]
70 歳代、男性。
主訴:排尿困難
既往歴:狭心症のため、2年前に他院で冠動脈ステント留置術を受けた。
2年前から糖尿病に対して薬物療法・食事療法を受けている。
- 現病歴:脳梗塞を発症し、保存的治療の後に、発症後1ヶ月でリハビリテーション病院へ転院した。転院時の内服薬は以下の通りであった。
内服薬:グリメピリド、ボグリボース、硝酸イソソルビド、塩酸ジルチアゼム、プラバスタチンナトリウム、シロスタゾール、アスピリン。
入院後に認知症と夜間せん妄の増悪を認めたためハロペリドール、リスペリドンを投与したが、改善しなかった。そこで、クロルプロマジン50 mg、プロメタジン25 mg、ニトラゼパム10 mg を投与したところ、夜間せん妄は改善傾向となった。
ところが、患者が排尿困難を訴えたので残尿を測定したところ900mLであったため、1日3回の導尿を行い、尿閉になってから1週間後に泌尿器科外来を受診した。腹部エコーでは前立腺容積は12.4
mL と前立腺肥大症を認めず、残尿は198 mL であった(図6)。間歇導尿は中止し、クロルプロマジン内服の減量と塩酸タムスロシン0.2 mg/日の内服を開始した。2
週間後に残尿測定を行ったが残尿量の改善をみとめなかったため臭化ジスチグミン10mg/日を併用し、残尿量は40 mL となった。
当症例では、フェノチアジン系抗精神病薬であるクロルプロマジンやフェノチアジン系抗ヒスタミン薬のプロメタジンが投与されている。フェノチアジン誘導体は抗コリン作用を有し、排尿困難を引き起こしやすい。ベンゾジアゼピン系薬剤は、平滑筋直接作用と抗コリン作用も有する。クロルプロマジンとプロメタジンは、いずれもフェノチアジン系薬剤であって排尿困難を引き起こしやすい上に、糖尿病による神経因性膀胱(低活動排尿筋)を合併している可能性がある。このような場合には、クロルプロマジンやプロメタジンから他剤への変更が望ましい。
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<セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤> |
- [症例3]
70 歳代、女性
主訴:排尿困難
既往歴:脳梗塞
4 年前から、パーキンソン病の治療を受けている。
3 年前から、うつ病にて治療を受けている。
- 現病歴:38.5℃の発熱、嘔吐のため、イレウスを疑って入院となり、入院時の腹部CTで両側水腎症、膀胱拡張を認めた。残尿を測定したところ700 mL であったため、尿閉とそれによる水腎症、腎盂腎炎を疑って、尿道カテーテルを留置してただちに泌尿器科外来を受診した。
入院時の内服薬は以下のとおりであった。
内服薬:塩酸ミルナシプラン(SNRI:セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)、レボドパ(L-DOPA)、塩酸ロピニロール、ベラプロスト、フルニトラゼパム、フロセミド、ファモチジン。塩酸ミルナシプランによる排尿困難と考えて塩酸ミルナシプラン内服を中止したところ、すぐに自排尿が可能となり、入院1週間後に退院となった。
当症例では、抗パーキンソン病薬と同時に抗うつ薬が処方されている。
抗パーキンソン病薬のなかでは、ドパミン前駆体であるレボドパや、ノルアドレナリンプロドラッグであるドロキシドパ、ドパミン作動薬であるメシル酸ペルゴリドは、いずれもαアドレナリン受容体刺激作用があるため、排尿障害を起こす。抗うつ薬のなかで、ベンゾジアゼピン系のクロラゼプ酸二カリウムは中枢神経系の抑制による排尿抑制作用を有している。セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害作用を有する塩酸ミルナシプランやデュロキセチン(我が国未承認)は、仙髄レベルで作用する腹圧性尿失禁治療薬として海外で開発中であるが、結果的に排尿障害を引き起こす可能性がある。
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<抗不整脈薬> |
- [症例4]
70 歳代、男性
主訴:排尿困難・尿閉
既往歴:3 年前から高血圧に対して薬物療法を受けている。
- 現病歴:5日前から動悸があり、近医を受診したところ、上室性不整脈の診断を受け、内服薬が投与された。服用5 日後に尿勢低下、尿線途絶、腹圧排尿が出現したが、排尿は可能であった。しかし、投与7
日後には排尿困難が強くなり、下腹部の膨隆も認められために、泌尿器科を受診した。
受診後経過:尿閉と診断され、導尿にて約800 mL の尿が得られ、下腹部の膨隆は消失した。上室性不整脈に対する内服薬品名・使用量・期間はジソピラミド・100mg/日・7
日間であり、ジソピラミドの副作用による尿閉と判断され、投与が中止された。投与中止後には排尿困難・尿閉はみられなくなった。
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<総合感冒薬> |
- [症例5]
60 歳代、男性
主訴:排尿困難、発熱
既往歴:16 年前から糖尿病を指摘され、糖尿病治療薬グリメピリド、ボグリボースを服用中であった。
- 現病歴:6 年前から「排尿に時間がかかる」「昼間は2 時間毎に、夜間は3 回トイレに行く」などの排尿症状を認めたが、放置していた。咽頭痛、鼻汁、咳を認めたため、近くの薬局にて総合感冒薬を購入、服用した。服用2
日目から上記排尿症状が増悪し、「いきんでも、たらたらとしか尿が出ない」「朝起きると寝小便のように尿が漏れている」ことを自覚した。強い尿意や痛みなどがなかったため数日様子を見ていたが、38.4
度の発熱を認めたため泌尿器科を受診した。来院時、下腹部に充満した膀胱を触知した。直腸診で超鶏卵大に肥大した前立腺を触知し、圧痛を認めた。検尿にて白血球:多数/HPF(強視野拡大:
HighPower Field)、 赤血球:1〜4/HPF と膿尿を認めた。排尿後の経腹式超音波断層検査で前立腺は肥大し推定体積76mL であった。残尿は531mLと多量で、膀胱内に多数の結石を認めた。後日施行した骨盤CT
像を示す(図7)。尿流測定にて最大尿流率8.7mL、平均尿流率3.5mL と尿勢は著明低下し、排尿時間は79 秒と延長していた。以上より、溢流性尿失禁を伴う重度排尿困難に急性前立腺炎を併発したと診断した。尿道カテーテルを留置、同総合感冒薬の服用を中止して抗菌剤レボフロキサシンを投与した。解熱後α1アドレナリン受容体遮断薬ナフトピジルの服用を開始し、尿道カテーテルを抜去した。その後自排尿可能となり、溢流性尿失禁は消失した。発症3
ヶ月後、国際前立腺症状スコア21 点、QOL スコア4点で残尿153mL であった。6 ヶ月後、経尿道的膀胱砕石・前立腺切除術を施行した。
当症例は、前立腺肥大症による下部尿路閉塞と糖尿病性末梢神経障害による排尿筋低活動が原因の排尿障害を有していたと考えられる。糖尿病性末梢神経障害では膀胱知覚の低下を伴うことが多く、この症例のように尿意や自覚症状が乏しいために重症化し易く、溢流性尿失禁や尿閉になることが少なくない。また易感染性のために急性前立腺炎・膀胱炎・腎盂腎炎などの尿路感染を併発し易い。総合感冒薬に含まれるリン酸ジヒドロコデインやマレイン酸カルビノキサミンは抗コリン作用を、また塩酸メチルエフェドリンはαアドレナリン受容体刺激作用を有しており、前者は排尿筋収縮力を低下、後者は尿道抵抗を増大させるために排尿障害を起こす可能性がある。
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