- パーキンソニズムとは、パーキンソン症候群とも言われ、パーキンソン病の時に見られる症状あるいはそれらを呈する疾患の総称であり、その詳細は以下で説明する。関連するものとして薬剤性の不随意運動には様々なものがあるが、ここではパーキンソニズムに関してのみ述べる。不随意運動一般に関しては、6)その他の項で簡潔に説明してあるが、詳細は別マニュアルとして記載される予定である。
(1)症状
- パーキンソン病と区別がつかない症状を呈する。従って、
- 無動、
- 固縮、
- 振戦、
- 突進現象、
- 姿勢反射障害、
- 仮面様顔貌
などの症状を呈する。
-
- 症状の軽い時点で、家族・本人が気づく場合は、
- 動作が遅くなった、
- 手が震える、
- 方向転換がしにくい、
- 走り出して止まれない(突進現象)、
- 声が小さくなった、
- 表情が少なくなった、
- 歩き方がふらふらする、
- 歩幅が狭くなった(小刻み歩行)、
- 一歩目が出ない
等と訴える事が多い。
特発性パーキンソン病と薬物性パーキンソニズムの差というと、以下のことが上げられるが、後述のように薬物により特発性パーキンソン病の発症時期が早くなることもあると考えられており、この区別は絶対的なものではない。
薬剤性パーキンソン病の方が
- 進行がはやい
- 突進現象が少ない
- 左右差は少なく、対称性の事が多い
- 姿勢時・動作時振戦が出現しやすい
- ジスキネジア・アカシジアを伴う事が多い
- 抗パーキンソン剤の効果が少ない
このほか、もともと精神疾患患者に使用する医薬品によりパーキンソニズムが生じる事が多いため、統合失調症のカタトニアと副作用での無動の極端な状態を区別しにくい場合もある。
(2)発症までの経過
- 投与数日から数週間のうちに発症する事が多い。90%の症例が20 日以内で発症している。ブチロフェノン系、フェノチアジン系、ベンザミド誘導体といった抗精神病薬では、数日から数週間が多い。ベンザミド誘導体、 カルシウム拮抗薬の場合、数週から数ヶ月と長い事が多い。まれに一年以上のこともあり得る。
(3)発症頻度・リスクファクター
- 抗精神病薬での発症頻度は、15〜60%と幅のある報告がある。
- それぞれの医薬品で発症頻度のデータが論文という形で報告されているものもある。
- これに関してはそれぞれの医薬品の特徴という項目で述べる。
- ドーパミン拮抗薬では、軽い症状まで入れると発症頻度は50%を超えるかもしれないが、臨床的に問題になる頻度は15%くらいである(Hubblle JP et al, 1997)。
リスクファクターについては、高齢者・女性・薬物の量が多いことが、薬剤性パーキンソニズムと有意に相関した。以上の情報をふまえ、高齢の女性に大量の抗精神病薬を投与するときは、パーキンソン症状をよく観察し、副作用を早めに把握する事が必要である。
(4)発生機序と医薬品ごとの特徴
- 薬剤性パーキンソニズムの機序は、単純に説明出来るものでなく、それぞれの医薬品によっても少しずつ違った要素があると考えられる。また、多くの場合パーキンソニズムの原因になるとともに、遅発性ジスキネジアをはじめとする不随意運動の原因ともなりうる。そして、その発生機序もお互いに
関連している。
- @ドーパミン拮抗作用がある医薬品
- 本マニュアルの最後の表で、精神神経用薬(抗精神病薬、抗うつ薬)、消化性潰瘍用薬(制吐薬など)、その他の消化器官用薬(胃腸運動調整薬など)などとして分類されているものの中に、ドーパミン拮抗作用のある医薬品が含まれている。精神症状を起こす機序が、中脳-皮質あるいは中脳-辺縁系の機能過剰状態であるという仮説に基づき、治療薬としてはこれをブロックするドーパミン拮抗薬が使用されている。そこで必然的に、脳でのドーパミン機能を障害し、パーキンソン症状を出すと考えられる。約80%のドーパミン受容体(D2
受容体)がブロックされるとパーキンソン症状が出現すると言われる(Farde L et al, 1988)。またこれらの抗精神病薬で黒質細胞の脱分極性ブロックが起こり、パーキンソン症状を作り出すという報告もある(Bunney
BS,1984)。同じ医薬品がパーキンソニズム以外に、アカシジア、遅発性ジスキネジア、などの原因ともなる。
- パーキンソニズム以外の副作用の発生機序としては、長期にブロックされていると、受容体の感受性などが変化し、単にブロックされたと言う以外の変化が生じ、D1、
D2 等での抑制・促通のバランスに狂いを生じ、そのために上記のような症状を呈するとされている。
- 抗精神病薬のなかで、クロザピン、 クエチアピン は症状を出しにくい。
- その理由は、多くの抗精神病薬は本来の精神疾患に対する効果を発揮するために、受容体の90%位をブロックする必要があり、パーキンソニズムを生じてしまうが、これらの医薬品は、60%くらいのブロックで本来の効果を発揮でき、パーキンソニズムが出る程まで薬物濃度を上げなくて良いからである。
- Aカルシウム拮抗薬
- 脳代謝改善薬としてカルシウム拮抗薬が広く使われた時には、それらによるパーキンソニズムの頻度は非常に高かった(葛原ら、1997, 2000, 2004)。その一つの例として、薬剤性パーキンソニズムの患者172
例中、74 例がシンナリジンによる薬剤性パーキンソニズムであった(Marti Maso et al, 1991)という報告がある。ただし、日本ではかなり前に販売中止になり、その頻度は減少した。
この医薬品のパーキンソニズム発生機序としては、線条体でのシナプス後で受容体を医薬品がブロックする(Takada et al, 1992)、シナプス前でドーパミンの再取り込みを障害する(Terand
et al, 1999)等の機序が提唱されている。これら両者の機序が合わさっているのかもしれない。
- B発症前パーキンソニズムの関与
- 薬剤性パーキンソニズムの時に必ず問題になるのは、発症前の軽症のパーキンソン病患者に医薬品を投与した事が、症状の発現に関与していないかということである。言い換えると、元々パーキンソン病になる傾向があった人に症状が出たと言う仮説である。これを支持する報告として、医薬品を中止し、薬剤性パーキンソニズムになった患者の経過を長期に追った所、48
例中5 例(Stephen PJ, Williamson J、1984)、72 例中6 例(Marti Maso et al, 1991)で、パーキンソン病になり治療を受けているという結果がある。この頻度は一般人口がパーキンソン病になる確率より有意に高く、パーキンソン病になる傾向があった方が、薬剤性パーキンソニズムになりやすいと結論している。さらに、PET
検査を薬剤性パーキンソニズムの患者で施行すると、13 例中4 例でF-DOPA 検査で異常が認められた(Burn DJ, Brooks DJ、1993)。この結果も、上述の仮説を支持するものである。更に、パーキンソン病のリスクファクターとして高齢が挙げられている。高齢者ほどパーキンソンニズムの発症し易さを有していると考えると、発症前パーキンソニズムが、何らかの関与をしているという仮説と矛盾しない。
- C抗がん剤
- テガフールをはじめとする抗がん剤が、薬剤性パーキンソニズムの原因医薬品として列挙されている。この機序は、これらの医薬品による白質脳症の結果として、パーキンソニズムが発症するわけで、白質脳症としての他の多くの症状とともにパーキンソニズムを呈するという事になる。この副作用に関しては、「白質脳症」のマニュアルを参照頂きたい。
- D血圧降下剤
- レセルピンもパーキンソニズムを起こす医薬品である。この機序は、シナプスでのドーパミンを枯渇させるという、レセルピンの持つ本来の作用による。
- E頻尿治療薬
- 尿失禁などに頻回に使われる塩酸プロピベリン等が、パーキンソン症状の原因になると報告されている(杉山、1997)。構造式が、抗精神病薬などと類似しているため、同様な作用が出現する可能性が考えられている。本剤は、脳血管障害のある患者などに使用されることが多く、副作用が出現しやすい状況がしばしばある。副作用発現時には、服用を中止する事を念頭において使用すべきである。
- F免疫抑制剤
- 神経ベーチェット病患者に免疫抑制剤を投与すると、ベーチェット病の症状の一部として、パーキンソニズムを呈することがある。この場合、その他のベーチェット病の症状を呈することから、判別は難しくない。
- G認知症薬
- 認知症の治療薬として使用されている塩酸ドネペジルは、元来がアセチルコリン作動薬のため、パーキンソニズムを悪化させる可能性が理論的にはある。予測どおり、副作用として発現したという報告もあるが、1例のみの報告であり、結論は得られていない。
- H抗てんかん薬
- 抗てんかん薬は、てんかん発作を抑制すると言う本来の目的以外に、様々な不随意運動の治療薬としても使われている一方、副作用としても不随意運動を誘発するという性質を持っている。中毒性脳症の症状としての不随意運動から、てんかん自体の症状の一部としての不随意運動、更に医薬品へのアナフィラキシー的な反応としての生じる不随意運動まで様々である。その中で、抗てんかん薬でパーキンソニズムが出現するのは、非常に珍しい。大量のジアゼパムでパーキンソニズムが発症したという報告がある(Suranyi-Cadotte
BE. et al, 1985; Sandyk R, 2003)。フェニトイン(Presnsky AL etal, 1971; Goni M et al, 1985; Harrison et al, 1993)、カルバマゼピン(Critchley et al,1988)等でも一例報告がいくつかある程度で、基本的に珍しい状況と考えて良い。バルプロ酸でも、問題となる報告がある。一報告だけであるが(Armon etal, 1996)、12 ヶ月以上、バルプロ酸を投与されていた患者36 例中33
例でパーキンニズムが出現したと言っている。ただ、中止とともに3 ヵ月から12 ヶ月で消失し、経過は良性であるとしている。これの報告以外にこれほどの頻度の報告はなく、まれな病態と考えられている。抗てんかん薬による副作用の機序としては、元々小さい病変を持っている患者で、しかもある医薬品に特異的な反応を示すという機序で出現する場合と、いわゆる薬物中毒という機序で出現する場合、さらに両者の機序が合わさって起こっている場合があ
ると言われる。バルプロ酸での頻度の高い報告をした著者らは、バルプロ酸がミトコンドリアの機能障害を誘発したためと推測している(Armon et
al,1996)。
(5)臨床検査、画像所見、病理所見
- 白質脳症、ベーチェット病などの一部の症状として出現した場合は、それぞれの疾患に特異的所見があるが、一般的に薬剤性パーキンソニズムに特異的検査所見はない。従って、臨床症状から判断する事が重要となる
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