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無理な「早期教育」大切なもの失う恐れも
「出産ご退院した母親の元には、子育てに関する夥しい量の、ダイレクトメールが送られてくる。ことに初産のときは毎日が心配な育児だから、身近に相談する人がいないと、イヤでもそれらの印刷物が目に付く。書かれているのは「今すぐに始めないと取り返しがつかないことになる」「他のお母さんもみんな始めている」といった内容だから、心が揺れ動く。
赤ちゃんというものを知らないままに、ある日母親になる今のお母さん方は、競争社会。学歴社会の中で育っているから、人より早く教育を始めるということには、すぐ納得してしまいがちである。妊娠中やお産で入院している間でも、新しいお友達が出来ているに違いないが、早くからの教育の是非についてあまり話題にならないらしい。
早期教育についてはマタニティー雑誌や、育児雑誌でも、記事としては特別な場合以外あまり書いていないが、広告としては目に付く。赤ちゃんが生まれたら、と満を持していたところへダイレクトメールによる情報がどっと入ってくる。周囲のお母さん方はいわば競争相手だから、相談できない。しかし皆がやらないうちに、うちの子だけ先手を打って、ということで、高額を払って、○○教室や△△通信、□□教育玩具に、こっそりと申し込む。

特に孤独な子育てでは、何かしていないと不安という気持が強まる。そんな状況の中で、次第に本来の子育てから遊離して、早期教育くの路線に乗ってしまう事が多い。


話は変わって、発達や情緒の面で問題のある子供たちの診察では、妊娠中から出産、その後の育児についての状況や、お母さんの考え方を詳しく問診する。

その結果、現在の子供の心身の問題点の源にはかなり早いときからの無理な「教育」が関係しているのではないかという例に遭遇する。

ジャネーの法則というのがあって、時間の感じ方は年齢に逆比例して、子供は長く感じるという。

この考えからすると、30歳のパパ゚、ママが感じる1日は、赤ちゃんにとっては無限の長さと言ってよい。この無限の時間と空間の世界で、赤ちゃんは未知と遭遇しながら、いろいろなことを学んでいる。そのようなときに、限られた教育でまとめようとすると、それ以外のもっと大切なものを、失うことになる。

その結果は、やがて自我が芽生える3〜4歳頃になって、現実のものとして現れてくるであろう。
残念なことに、子育てはこうすればこうなるということを、客観的に証明する事は難しい。しかし、現在のような、いわゆる早期教育を取り入れると、それこそ将来「取り返しがつかない」ことにならないだろうか心配である





「ことば」より「歩く」が先決
「ことばの発達が遅く、「開けて」「どいて」「・・・して」などという「要求語」さえ出ないというので相談に来た親子がいた。このような要求語の獲得は動詞の発生母胎の1つと言われており、言葉の発達にとって重要なことである。
ところで、その4歳の男の子は相談に来た時も帰る時も親に抱っこされていた。「歩けないんですか?」と尋ねると、「歩かないんです」と言う。
歩かせようとするとパニック状態になるようである。
言葉の発達の問題の前に「歩く子」にすることが先決ではないかということになった。
幼稚園の帰りに出口からすぐに母親に抱っこされていたが、「今日からは歩いて帰るの」「抱っこ出来ないの」と子供に宣言し、パニックが起きてもそれにくじけないように、子供が1人で歩くまで根気強く待つようにと、親に話した。次の日の幼稚園の帰りにそれを実行した。子供は例によって泣きわめき、ひっくり返り、抱っこを迫る。他の母親や先生の好奇のまなざしの中で、母親は「抱っこしてやれば何のことはないのに」と思いながらも、「先生との約束があるから、ここで手を差し伸べてはいけない」と泣きながら必死に頑張った。
30分ぐらい、2人のやりとり(綱引き)が続いた後、突然子供はスタスタ歩きだしたのである。その子はいくら泣きわめいても無駄であることが分かったのであろう。それがあってからは2度と抱っこはせがまなくなくなった。それだけでなく、その後の子供の発達には目を見張るものがあった。自分で着ようとしなかった服を着るようになり、1人で食べるようになり。トイレに1人で行けるようになった。この子の身辺自立が急速に進み、母親は「こんなことも出来たんです」と毎回新しいことを報告した。

母親の毅然たる態度が、この子の生活を変えたようだ。
いままで子供が要求する前に母親がその要求をかなえてしまうことが多かったが、このように母子の関係が変わった結果、子供の要求語も少しずつ増え、ことばによる会話も出来るようになった。そして、怒り以外の表情をあまり見せなかった子供の表情が豊かになり、自信さえみなぎってきたように見える。歩けるのに歩かない子供が「歩く」ようになった体験を通して得たものは大きい







お母さんはしつけをしないで
  • 子育てのさじ加減は難しい。つい干渉してしまう。「お母さんはしつけをしないで」を著した東海女子大学の長谷川博一教授(臨床心理学)は、良かれと思う「しつけ」が子供をゆがめかねないことに警鐘を鳴らす。
      子供「お願いがあるんですけど・・・」
      私 「どうしたの?」
      子供「あのう、お母さんには言わないでください」
      私 「うん、大丈夫だよ」
    こんなやりとりとを何度繰り返してきたことか!
    「お母さんには言わないで」と頼んでくるのは近所に住む小中学生。多くは私の子供の友人だ。
    秘密にしてほしいことは、勉強しているはずの時間に遊びに来ていたこと。ためていたお小遣いで高額のものを買ったことなどなど。秘密の内容はさておき、これはとても奇妙な現象だ。親が知らないことを赤の他人の方がよく知っているのだから。
    「我が子のことは親が一番よく知っている」・・・・・と、この子供たちの親は信じているに違いない。
    このように秘密を持つのは、決して不良っぽい子でも、勉強しない子でもない。むしろ成績優秀で、親の言いつけを守る「いい子」だ。「シッカリとしつけられてきた子供たち」を言い換えれば、親の前で仮面をつけ、本当は家庭が息苦しいのに、そうではないかのように「フリ」をしながら過ごしている子ということになる。
    「人間、みんなガマンして生きているのだ。甘えては行けない」。こんな反論が返ってきそうである。しかし、それに対しては「時代が変わった」と答えるしかない。忍耐や努力を美徳としてきた日本人がいる。そのツケが究極の悲劇として終焉を迎える、そんな時代に突入したのだと感じられて仕方がない。
    私は仕事柄、犯罪を起こしてしまった人たちと関わっている。近年顕著な傾向として危惧するのは、彼らがしばしば「きちんとしつけられてきた子だった」という点だ。ある年齢で限界ラインを超えると、ため込んでいた感情のシコリが一気に噴出し、仮面がはがれ、怒りの化身に豹変してしまう。その時期が早ければ「ふつうの子の凶悪事件」と呼ばれ、遅ければ、最近続けて発生した「家族道連れの心中」になるのかもしれない。
    ただ、気になるのは「しつけ」に関する最近の意識だ。内閣府の2000年の調査では子育てや教育の問題点で「家庭でのしつけや教育が不十分」とする父母が70%を占め、5年前より19ポイント増えた。これらが「しつけ過多」に結びつく可能性を否定できない。
    子供時代に、子供らしくノビノビと生きることが出来ないと、どのような問題が派生するか?自分を否定し、他人や社会に脅威や疎ましさを覚えて、主体的に生きる構えは育たない。
    ある中学生の例を挙げよう。
    「まじめで明るい子」と友人から言われてきた少女が自宅の部屋で自殺した。机の引き出しの奥から、数ヶ月前に書き始めた秘密の日記が見つかった。そこには「こんな私なんか大キライ」という文面がつづられていた。
    母親はいつも娘に「○○しちゃいけない」「○○しなさいよ」と事細かに指示してきたという。本人は一切口答えしなかった。はた目には「親はシッカリとしつけている」と映る。だが、いつの間にか少女の心は、自分はダメな人間で、ありのままの姿でいるのは許されない存在という意識で占められた。それが自殺の引き金になった。
    一方、あまりしつけられなかった子供たちは「理想のレール」を歩まなくても元気のある大人になっていくように思う。それは今の高齢者たちの姿を見ればわかる。彼らが子供の頃、親は日々の暮らしに追われ、結果的に放っておかれた。子供たちは脱線と軌道修正を繰り返しながら、自分で自分をしつけてきたともいえるのだ。
    「しつけられた子供はみんな問題を抱えている」と決めつけているわけではない。それでも「そう腹をくくった方が無難だ」とは、声を大にして言いたい。
  • ただし子供に仮面をつけさせた親を責めたくはない。
  • 今の親たちも同じようにやらされた子供時代をもち、「この子のために」と信じて、精一杯に子育てをしているからだ。
    ここが最もやっかいなところでもある。将来の幸せを強く願うほど、子供を「しつけ(=勉強)」でしばり、子供から幸せを奪ってしまう。2005.6.11《日本経済新聞》




3歳児神話・・・幻想
  • 子供が、3歳になるまでは母親がそばにいないと、将来、問題児になる可能性が高い・・・。
  • こんな「3歳児神話」が長く、ワーキンングマザーを中心に親を悩ませ、専門家の間でも賛否両論が唱えられてきた。誕生から思春期までの親子関係を追跡調査した国立精神・神経センター精神保健研究所の家族・地域研究室長、菅原ますみさんに検証してもらった。

  • 未成年者による凶悪な犯罪が目立つようになった昨今、事件が起きるたびに加害者の養育状況が話題に上る。「家庭は共働きで・・・」「母親は幼いころから留守がちで・・・」といった報道に触れたりすると多くのワーキングマザーは内心、穏やかでいられない。犯罪を犯すほどではないにしても、親の言うことを聞かなかったり、学校で問題を起こしたりしただけで、「私が働いていたのがいけないの?」と、つい考え込んでしまう。そのくらい世の中のワーキングマザーに対する3歳児神話の呪縛は根強い。
  • 「母親が働きに出ると子供がゆがむ」という社会的通説は日本に限らず海外でも語られている。心理学者の間では、すでに「俗説」として決着がついているのだが、なぜかなくならない。今回の調査にはそんな実情を断ち切るような科学的データを出したいという思いもあった。
  • 実際、この種の3歳児神話が幻想に過ぎないという調査結果がハッキリとでた。
    調査対象には84〜86年に神奈川県内にある病院で出産した。270所帯。長期間にわたる親子関係を調べたくて、妊娠間もない時に研究への協力を依頼した人たちだ。精神医学者や心理学者らで研究チームを組織し、子供の成長に合わせてずっと追跡調査をしてきた。今回新たに子供が14歳になった時の家族や子供の様子を追跡調査し、母親の就労と子供の問題行動の相関関係を探った。子供に問題があるかどうかの尺度には「チャイルド・ビヘイビア・チェックリスト」(113項目)と呼ばれる問題行動調査票を使った。
  • 児童精神医学や心理学の分野で国際的によく使われている。
  • このうち「騒がしい」「家で従わない」など21項目について「いつもそう」(2点)「時々」(1点)「全くない」(0点)の3段階で答えてもらい、その総合点で子供の衝動コントロール能力について判断した。最近の言葉で言い換えるならば、点数が高いほど「キレる」傾向が強く、時として攻撃的。反社会的行動を起こしやすい子供と言える。
    子供が3歳になるまで働かなかったケース(非就労郡)と、3歳になる前に職場復帰や再就職したケース(就労郡)の2つに母親を分類し、それぞれの子供について問題行動調査票で算出した点数の平均を比べた。児童期と思春期(8歳、10歳、14歳)での平均点は統計的に2つのグループで差はなかった。
      
  • 意外だったのは5歳児まででは、むしろ、母親が働いている子供の方が問題傾向が低かった点だ。この差は統計的に有意な差だった。
  • つまり子供が小さい間は3歳児神話とは逆にワーキングマザーの子供の方が問題が少ない、ということだ。
    長期に渡る家族の追跡調査は諸外国でも行われている。それらの結果を見ると、子供の年齢に関わらず、母親の就労の有無と子供の問題行動は一切関係がない。
  • 5歳以下に現れたこの特徴は日本独自のものだ。
  • なぜこうなるかは今後の研究で明らかにしたい。
  • 3歳児神話には2つの弊害がある。
    1. 子供が小さいときから働く母親が批判にさらされやすいこと。
    2. 母親さえ一緒にいれば子供の発達上、問題がないと曲解し、育児を母親にだけ押しつけがちになることだ。

    子供は母親1人だけでなく、もっと豊かな人間的環境の中で育つ必要がある





脳の発達、3歳ごろピーク
  • 子育てを脳科学から見るとき、忘れてはならないことがいくつかある。中でも重要なのは、脳とその神経細胞(ニューロン)の発達のパターンである。端的に言えば、脳が急速に発達する時の子育ては、十分すぎるほど大切にすべきである」
    私たちの脳を作っているのはニューロンである。大人の大脳には150億個ものニューロンがあるが、実は子供の頃の方がずっと多い。誕生時には大人の数倍、少なくとも500億個のニューロンがある。ところが、生後1年でニューロンは激減してしまい、1歳のころには大人のレベルに近づいてしまう。
    もともと、私たち人類では赤ん坊は早く生まれすぎる。胎内にいるのは約270日間だが、本来はもっと長く胎内にいてもいいのだ。ところが、人類の赤ん坊の頭(脳)はあまりに大きくなり、産道を通れない。というわけで、1年ほど早く(未熟な状態で)生まれるのだ。

    他の哺乳類では、胎児の頃にニューロンは激減する。ヒトで生後1年となるのは、それまでは「胎児」だからと考えて良い。だから、この期間には、それにふさわしい育てかたがある。要は「胎児のように育てる」ということだ。密接なスキンシップを軸にして、暖かく優しく育てるのが基本で、この間にストレスをかけるような育て方をするのは大変マズイ。

    ニューロンは生後1年でほぼ半減してしまうが、ニューロンが作る回路・神経回路はその後も発達し続ける。複雑な神経回路がどんどん作られてゆき、3歳ほどでピークに達する。生後から3歳位の間は、神経回路が最も急速かつ豊かに発達する期間であり、この期間での環境もまた重要である。とくに「栄養」が大切だ。
    ここでいう「栄養」には2つの意味がある。1つは、食べ物から摂る栄養である。この期間での栄養が不足してくると、神経回路が十分に発達しない。そのため知能が低下する。
    脳の発達に重要な「栄養」は、環境からの「栄養」、つまり豊かな環境・複雑な刺激(脳への内的・外的刺激)が必須である。
    神経回路は3歳くらいまでに急速に発達した後、しばらくはそのレベルを保ち、8歳くらいから、今度は減少し始める。ということは、8歳くらいまでが、脳の発達にとって非常に重要な期間だということになる。実際、脳の重さは8歳ともなれば、大人の脳の90%近くににもなってしまう。他の身体部位はこれほど急速に発達するわけではなく、脳は特殊は臓器なのである。脳機能・心の発達にとって最重要な期間、「臨界期」が生後から8歳くらいまで、というのはこのことからもうなづける。




過保護が招く
前頭連合野の知性(PQ)
  • 知性には、算数などの勉強に関するものだけでなく、スポーツ・絵画・音楽も認知心理学や脳科学の観点からみると知性に含まれる。さらに、人間らしさ・主体性・社会性なども前頭連合野の知性(PQ)として重要である。

    PQの基本的な働きは「目的と計画を持ち、社会的規範と状況に応じて適切な判断をしつつ言動と感情をコントロールする働き」と言える。
    この知性が欠如したものに「思春期挫折症候群」がある。

  • この症候群は、一般に、
    • 思考と判断能力の低下や
    • 自己中心的
    • 責任転嫁
    • 無気力
    • 刹那的
    • ゆううつ
    • 被害妄想
    などを特徴とする。
    より具体的な行動障害としては、ルーズな生活や親への反抗・暴力行為・登校拒否・非行などが見られ、自殺に至ることもある。

    これらは、PQの障害と見ることも出来る。PQを担う前頭連合野はそもそも、思考や判断力の中枢であり理性や社会性の中心である。また、前頭連合野の働きがダメージを受けた時の症状と思春期挫折症候群は酷似している。
    では、思春期挫折症候群はどのような場合に起きるのだろうか?
    この症候群になった子供の親の性格を分析した調査があり、親の性格との間に深い相関関係があることが分かった。

☆親の性格と思春期挫折症候群の関係(深い順番)
  • <1>心配性の母親(62%)と、過敏な父親(32%)。
    <2>外向的な母親(24%)と、活発な父親(18%)。
    <3>几帳面な母親(18%)と、完全欲の父親(30%)。 
    <4>脅迫的な母親(16%)と、固執する父親(10%)。
    <5>非社交的な母親(4%)と、非社交的な父親(17%)。
    <6>わがままな母親(6%)と、自己中心的な父親(12%)。 
    <7>依存的な母親(13%)と、依存的な父親(3%)。
    <8>小心な母親(8%)と、小心な父親(13%)

  • その性格とは、「過敏・心配性」と「完全欲・几帳面」である。
  • 思春期挫折症候群にかかった子供の半数以上の親、特に母親が過敏・心配性だったことが判明している。他の性格、例えば、自己中心的や依存的・非社交的・固執あるいは小心などは、ほとんど関係が無かった。
    親が過敏・心配性で強い完全欲を持ち几帳面であると、より具体的にはどのようなことになるのか?。いわゆる過保護になる可能性が高い。PQの発達を阻害する大きな要因の1つは、特に母親による過保護であり、母子密着型の育児だと考えられる。

  • PQは、社会の中で主体的に生きるために進化してきた知性であり、適切な社会関係を通して発達する。自分で考え判断し、主体的に行動することも重要だ。母子密着型育児ではこうした要素が希薄になってしまう。





厳しい社会が脳力を育てる
ネオテニー(幼形成熟)という生物現象がある。
  • 例えば、
  • サンショウウオが幼生の形のまま成熟する現象を指します。
  • 身近な例ではイヌがそうです。オオカミの子供の形と性質を保ったまま大人になるように進化した動物です。
    知育を考える際に、ネオテニーを考慮する必要がある。私たちヒトも、実はネオテニーによって進化してきたからだ。ヒトと最も近縁な霊長類はチンパンジーだ。500万年ほど前にヒトは、チンパンジーの系統から分かれ、ネオテニー現象が起きた。いわば子供っぽいチンパンジーになった。
  • 二足歩行を除いて、私たちの体形(頭が大きい・顔が平べったい・肌がすべすべしている・手が短い・・・)は、チンパンジーの子供とそっくりである。


・・・・ヒトは何のためにネオテニーで進化してきたのか?

複雑で厳しい環境(特に社会環境)に適応するためである。

ネオテニーというのは、幼少期が長くなり、かつ、大人になっても未熟だということだ。
未熟化というのは一見、退化のように思えるかも知れないが、そんなことはない。特に脳の場合、未熟と言うことは、様々な知識や経験を柔軟に吸収・学習出来ることを意味する。そういう性質は、複雑で厳しい環境に適応するのにとても都合が良い。
ヒトはそもそも、霊長類の故郷としての森林を捨て、サバンナという厳しい環境に進出した霊長類である。その後も、折を見て砂漠や寒冷地の厳しい環境に進出した。
私たち日本人を含むモンゴロイドは、一度は極寒地に進出した経緯があるので、ネオテニーが最も進んでいる。欧米人(コーカソイド)と比べたとき、東洋人の頭が大きい、顔が平べったい、体毛が薄い、肌がすべすべしている、手足が短い点は、まさにネオテニーの特徴である。日本人は、幼少期が比較的長く成人しても未熟である傾向が強いのである。
これは私たちの「脳力」をあまり未熟化させないようにきちんと育てるためには、モンゴロイド流の幼少期環境が必要、ということを示す。一言で言えば、厳しい環境である。厳しい自然もそれなりに重要だが、人間性や社会性などの知能の発達には、複雑で厳しい社会関係こそが重要になる。
戦後の日本を見ると、これとはまさに相反する環境が広がっている。兄弟姉妹の数が少ない。少ない子供を過保護に育てる。家の造りも問題で、欧米流の住居が蔓延し、子供が自分の部屋にこもったら、家庭内での「複雑で厳しい社会関係」など望むべくもない。学校でも、管理教育で「複雑で厳しい子供関係」を奪い続ける。近所の子供たちが作るガキ大将の集団も消え失せている。
大家族で、居間に怖い親父が一緒にいて、近所のオバサンにしかられ、学校は学校で厳しい先生にこづかれながらもワルガキ連中とワイワイやって・・・・というのが、知能の発達のために大切な環境なのだ。
人間性と社会性が豊かな子供たちを育成するには、これを同等の環境をぜひとも再構築する必要がある






親が仕向ける「パラサイト」
parasite
=(いそうろう、追従者、生物学では寄生動植物を指す)


「何時までも親元を離れず、援助を受けて優雅に暮らす「パラサイト(寄生)シングル」。困った若者の代名詞として否定的に語られがちだが、実は親の態度がそう仕向けているとの指摘もある。1991年にあるプロジェクトで、20代の未婚者と50代の親世代を対象に、東京府中で調査をしました。その結果、そこで「発見」したのは、親元にとどまり続けている大量の男女の未婚者と、他方で、20代半ばの娘や息子の世話を文句も言わず引き受けている専業主婦の母親、さらにその状態をさして不満にも思わない父親の姿だった。

学生である限り、学費だけでなく小遣いを援助することは当然と思っている。“小遣いは月7万円くらい出している。それとは別に大きな出費のときは出してやる。当然の義務だと思っている。まだ学生だからね”(51歳父親、20歳息子)。“食費ということで毎月多少はもらっている。援助なしで生活しているわけだから、経済的には自立しているといえるのでは”(52歳父親、26歳息子)。“援助は別にしていない。食べるのと住むのはここだが、特に何かを買ってやるわけでもないし”(53母親、28歳の娘)。

団塊世代の親たちは、成人した子供は独立すべきだという規範意識は持っている。その一方で実際には、10年前と同様、卒業後も同居を続ける子に対し生活費を実費で要求することも、応分の経費を負担させることもしていないのである。」






“豊かな環境”が大切
「遺伝によって脳の基本的な構造と機能は作られるが、遺伝だけが影響するわけではない。

一卵性双生児(遺伝的には全く同じ)の脳の構造や働きはおおよそ似ているが、細かい部分は違っている。知能指数もかなり似ているが完全に一致する事はまれだ。
育つ環境が多少なりとも違うせいだ。
一卵性双生児を含め多くのデータを総合すると、脳の構造や機能に関し、遺伝で決まるのは60%ぐらい。あとは環境の影響を受ける。遺伝要因が60%というのは決して大きな割合ではない。環境によって変わる余地が40%もある、という意味の方が大きい。
環境が、脳やその機能に対していかに重要であるか。この問題は主に、ネズミ(ラットやマウス)を使って調べられてきた。ネズミなら遺伝的に同一の個体を多数調べることができるからだ。
遺伝的に同一のネズミを幼い頃から別々の環境で育ててみる。豊かな環境、標準の環境、そして貧しい環境である。豊かな環境では10匹ほどのネズミを比較的広いケージで飼う。輪回しや階段などの遊び道具も入れておく。標準環境は2〜3匹のラットを一緒に飼う。遊び道具はない。そして貧しい環境では1匹を狭いケージで飼い、遊び道具はもちろんない。
こうして別々の環境で飼うとどうなるか?。遺伝的に同じだから、同じような脳を持ち、知能も同じになるかといえば、そんなことはない。豊かな環境で飼ったネズミたちの場合、貧しい環境で飼ったネズミたちに比べ、脳が10%程度も重くなったのだ。つまり、神経回路が豊かに発達した、ということである。記憶や知能テストの成績も、豊かな環境で育った方が圧倒的に優れているのである。
この実験はいろいろな意味で興味深い。

子育てとの関係で重要なのは、環境による影響は幼少の頃に最大になる、ということだ。子供の頃豊かな環境で育て、その後、標準環境に移しても、豊かな環境のよる影響は続いた。逆に、幼少の頃に貧しい環境で育てた後、豊かな環境に変えても、貧しい環境による悪影響(脳が軽い)は大人になってもほとんど回復しなかったのである。
ネズミの実験を、人間にそのまま当てはめることは出来ないが、同じ哺乳類なので、本質的には同様のことが言えるだろう。現に、幼少の頃貧しい言語環境に育つと、その後も言葉の能力を十分に発達できないという事例がいくつかある。

子供の頃豊かな環境で育てることは、とても重要なことなのだ。それには大それたことは必要でない。ネズミの例では、モーツァルトを聞かせるという環境が、豊かな環境として働くことが示されている。それで脳が重くなり知能が伸びる可能性があるわけだ。英才教育などはとりたてて必要ない。モーツァルトを聞かせるようなちょっとした工夫で豊かな環境を与えられる。それが子育ての要の1つなのである。





「ダメはダメ」自身持って
「電車の中で、5歳くらいの男の子が電車の窓ガラスをペロリとなめるのを目撃した。

その母親は「ダメ=そのガラス、消毒液が残っているかもしれないから」と言っていた。子供の行動を禁止したり促したり、しかったり褒めたりするとき、その理由を説明しなければならないと思っている人が多い。そう書いてある育児書もある。

しかし、いちいち理由なんか言う必要がない。

あるいは言うべきではないことも結構ある。
食事の時「栄養があるから」「病気にならないように」「お母さんがうれしいから」食べなさいと言う必要はない。「食べ物だから食べなさい」でいい、年少であればあるほど理由などいう必要はない。

なぜか?。
まず、子供に理由がよく理解出来ていないということがある。食事と栄養・健康の関係の理解には医学的知識が必要かも知れない。ましてや誤った、あるいは不適切な理由をいうべきでない。「消毒液が残っている」から窓ガラスをなめてはいけないのではなく「ガラスが不潔になり他人に不快な思いをさせる」からそうしてはいけないはずだ。「お母さんがうれしい」から食事をするのだとしたら、お母さんのために食べてあげるということになる。ひいては宿題も勉強もお母さんのためにやってあげると考えるようになるかも知れない。誤った、或いは不適切な理由を言うことの弊害がここにある。
子育ての日米比較研究によると、日本の親の方が子供に理由を述べることが多く、しかもしばしば情緒的理由(うれしい、悲しい)を言うことが多いようだ。

「ダメはダメ」ということをストレートに子供に伝えさえすればいいことがたくさんある。
世に中には、理由など分からなくても、やらなければならないことや、やってはいけないことがあることを、大人は自信を持って子供達に示すべきだ。人間には自分の性や家族や親などのように選択出来ないこともある。生きていくためには、このような実存的矛盾とでも呼ぶべき「しょうがないこと」があることを人生の早い時期に刻み込んでおくことは大切なことであると思う。






幼児期、「全能感」崩す必要
「ある親子のサークルのハイキングで、幼児15人くらいと父親5人の綱引きが行われた。お母さんたちや、ほかの子供達の応援もむなしく、父親組が勝ってしまった。


子供達はがっかりしたが、その中の1人の男児が「どうして負けてくれなかったのか」といつまでも泣きながら、抗議していた。それに対し父親は「ごめんごめん」となだめ、、しきりに謝っていた。
負けて悔しがるまでは分かる。でも「なぜ負けてくれなかったか」という子供の大泣きと、「ごめん」という父親の謝罪は理解に苦しむ。
父親の方が子供達より力持ちで、たとえハンディをつけても子供が負けたのは事実である。やる気や興味を持たせるために、戦略的にわざと子供が勝つようにすることはあっていい。でも、それを子供から要求される筋合いはないし、ましてや謝るなど言語道断だ。
これは文字通りの綱引きであるが、3歳ごろには「あれ買って=ダメ」「食べなさい=いやだ」などと、親子間で心理的な綱引きをすることがよくある。
その時、ある決定的なことで、少なくとも一度は親が勝つことが無ければならない。

「パパがいったんダメといったらダメなんだ」ということを体験させることが必要だからだ。

赤ちゃんのときから子供は、自分はなんでも出来るし、思い通りに事が運ぶと思っている。そういう感覚を「子供の全能感」というが、それをある時点でぶち壊すことが必要である。
全能感の破壊が無いと、子供は世の中なんでも自分の思い通りになると考える。「小皇帝」になってしまう。

中国の一人っ子政策の結果、わがまま・自分勝手・傲慢さを持った子供達が増えたと言われる。そういう子供たちを「小皇帝」と呼んだのであるが、自我が芽生え始める3歳頃の子供との綱引きで親が勝ち、全能感を崩しておかないと、子供は小皇帝のまま大きくなってしまう。
だから、3歳児の頃、親は子供と綱引きをやり、子供に勝つことも必要なのだ。






ほめて育ててこそ1人前
「ある母親が、4歳の女の子が5円玉ぐらいの円形脱毛症になったと相談にみえた。

きゃしゃでどこかオドオドした感じの子供であった。
この若いお母さんは子供の一挙手一投足が気になり、子供が何事でもきちんとしないと気が済まないところがあった。片づけでも身の回りのことでも、きちんと速くやることを子供に要求する。子供がその通りにしないと「あなたってそうしていつもそうなの=」と怖い顔でにらみつけ、叱っているようだった。お母さんがいないところでは結構元気にニコニコ遊んでいるのに、母親が目の前に現れるとその子は急に不安げにオドオドする。

そこで母親へ、少なくとも1週間子供を叱るのを止めてみる。
叱りたくなったらその場から離れ、絶対に叱らないようにとアドバイスした。

昔から「3つ叱って7つ褒め」と言われている。「叱るより褒めよ」で、しかも叱ったらその倍以上褒めなさいというのがこの言葉の意味である。

「ダメじゃないか=」と叱るのは誰でも簡単に出来るが、褒めることはなかなか出来ないものである。親でも先生でも上司でも子供や部下を褒めて育てるのが基本だと言われるが、褒めると自分の権威が低下すると思ってしまう人もいる。心から褒めることが出来るようになって初めて一人前の親や教師や上司になったと言えるのでないだろうか。
褒めるのがなぜいいのか?。
褒められれば誰だってうれしい。気分が良くなる、だから2人の関係も良くなる。しかも、叱られたときはそれをやってはいけないことが分かっていても、ではどうすればいいかは示されない。特に小さい子供にとっては、叱られたときどうしたら良いかという情報は与えられない。褒められると、そうすればいいのだと分かる。さらに、子供は親から「認められた」と感じ、自尊感情を高めることになる。
先ほどの子供の場合、お母さんが叱るのを1週間、2週間とやめ、代わりに褒めることが多くなったら円形脱毛症がいつの間にかすっかる消え、明るく元気な子になった。「3つ叱って7つ褒め」ということは人を育てる基本原則だと思う。






かみつき、神経質にならずに
もうすぐ新入園児が希望と不安を抱きながらやってくる。

そういう中で、幼稚園の先生方と子供の指導・援助のあり方について 議論をする機会が多いが、この時期に多く出る話題の1つが子供のかみつきだ。これは、幼稚園や保育園といった集団で生活する場所ではよく起こる問題なのである。
その原因はほとんどがおもちゃの取り合い、友達や先生の取り合い、場所の取り合いといった所有権の争いで、その時の自己主張の方法として、相手を噛んでしまうことになる。特に2歳〜3歳ころの、ことばによる自己主張やコミュニケーションが未熟な年齢の子供に多く見られる。2、3歳の子供のかみつきとはいっても、深く歯形がつき、ひどいときは紫色に皮膚が変色するほど内出血してしまうケースも少なくない。
子供は口を使ってオッパイを呑むことから始まり、色々なものをしゃぶったり、なめたり噛んだりして物の性質を知るようになる。さらに、言葉で自己主張したりコミュニケーションが出来るようになるまでは、相手を攻撃したり、思い通りにしたい時、口が最も有効な手段になる。年少時にかきつきが多く見られる理由である。  


かみついてしまった親も、噛みつかれた子供の親もこうしたことが起きると、とても神経質になってしまう。相手にケガをさせてしまった、或いはケガをさせられたという気持が支配的になってしまうようだ。2、3歳の子供にとっては、家族に守られて安全に過ごしていた家庭から、急に幼稚園や保育園などの集団生活の中に入り、1人で自分を守って生きていかなければならない。これは、大人が想像する以上に大変なことなのである。

子供のかみつきは一時的な防衛のための手段である。
それが社会的に受け入れられない方法であることを、子供なりに、集団生活の中で身につけていき、数ヶ月するとほとんどの子供は噛みつかなくなる。






荒れる子供
家族だけでは治せない


「両親が息子のことで相談に来た。M男(17)は、上に2人の姉がいて、小さいときからおとなしくて、学校の成績も良く、素直で品行方正で模範生として両親の自慢の子であった。
ところが、高校に進学してから、勉強もしなくなり、部活にのめり込んで成績も下がってきた。タバコを吸い、酒も飲んで問題を起こすようになった。ちょっと注意すると、「うるせえ」「てめえとは関係ねえだろう」と荒っぽい言葉が返ってくる。あんなに良い子だった息子が、どうして荒れるようになったのか、訳が分からないという。両親とも高学歴で教育熱心で、名刺の肩書きも立派である。

家族は心の問題を持った人(ex.アルコール依存症・痴呆・家庭内暴力・不登校など)が出ると、家族全員が病気になってしまう。家の中のことだから安易に他人に相談できず、家族なりにひそかに治そうと努力するが、事態をもしろ悪化させてしまう場合が多い。

家族は家族を治せないのである。

家族は心の結びつきが強く、相互依存の関係があり、お互いを冷静に客観的に考え、判断する事が出来ないからだ。
現在、親は子育てと子供の教育に自信を失っている。即座に解決出来るハウツーを求めてくるが、残念ながら無い。親はつい先を見越して先手を打とうとするが、そういう親の愛情は、自立しようとする若者には束縛や干渉、支配と受け取れる。しかし若者は親に反抗しても、困るとすぐ親の傘の下に逃げ込んでくる。個としての自我が確立しておらず、孤独に耐えて自己主張を貫くことが出来ないのである。


子供には「1つ叱って、3つ褒め、あとの6つは放っておけ」と昔から言われているが、今の親は放っておけない。

愛情という美名のもとに、子供をスポイルしているのである。親も親として成熟していないし、子供も成長していない状況では、家族はますます混乱する。
戦後、日本の家族は大家族から核家族へ急速に変動し、家族意識も大きく変わった。現代家族の意識は二重構造となっていて、基底には家族運命共同体としての「和」の精神が流れている。上層部には欧米流の「個」の精神が被っている。このギャップは大きく、現代家族の意識を混乱させている。この裏表をはっきり意識し、使い分けていくことが肝要だ。
また家族には、子供を受け入れ養い育てる慈母観音のような肯定的側面と、子供をとらえて放さず、子供を呑み込んでしまう山乳母のような否定的側面がある(河井隼雄)ことも確認しておく必要がある。家族内で無理せず、気軽に来院されることをお勧めする。






「母子分離」の恐ろしさ
「元気いっぱいの1歳11ヶ月のB君が朝食を食べているとき、勢い余ってイスから転倒し、頭を強く打って意識不明となり救急車で緊急入院した。

検査の結果、異常はなく大事には至らなかった。意識もすぐに回復し、点滴用の注射に激しく抵抗するまでになったが、念のため一晩入院することになった。
次の日、両親が迎えに行くと、B君は扉の前にたち、ずっと待っていたという。母親が入ると腕を伸ばし「ママー」と飛びついてきた。2ヶ月前に生まれた妹をかわいがり、親に甘えることもなく淡々としていた今までのB君とは違っていた。高熱が出ても食欲が落ちなかったB君も入院以来ほとんど食べていない。
一日がかりの精密検査で疲れているので、もう一晩泊まることになった。夜8時o
母親の帰宅時間になってもB君は激しく泣き、30分延長してもらったが状態は変わらない。母親は後ろ髪を引かれる思いを断ち切り別れた。翌日は休日で退院手続きがとれないので、もう1日入院だという。それではB君の変化がさらに強まりそうなので、外泊許可をもらうことになった。
3日目に帰宅したB君の目は怒っていた。誰とも視線を合わさないし、笑顔と言葉と歌が消えていた。

病院側は子供の体には細心の注意を払うが、心にはあまり注意を向けない。B君は訳も分からず母親から離され、いくら求めても去ってしまう母親を見て、基本的信頼感が崩れそうになったのだろう。

母子間にアタッチメント(愛着)が形成されているかどうかを調べるのに用いる方法として「ストレンジ・シチュエーション法」がある。見知らぬ場面で母親が突然去った時の子供の反応から、愛着関係の状態を調べるものである。私の研究室でも試みたことがあったが、泣き叫ぶ赤ちゃんを見て、それ以来この方法は採らないことにした。
研究や病院の都合で子供に強いトラウマを与え、発達障害をもたらすようなことがあってはならない。
B君の急変ぶりは、心ない研究や病院の取り扱いの恐ろしさを教えてくれた。幸い、B君は分離の期間が短かったので、6日目には笑顔と言葉と食欲が戻ってきた。が、これが長期にわたっていたらと思うとゾッとする。










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人間の乳児は生後1年ほどで離乳し、5歳前後まで離乳食の期間「子ども期」があり、その間は母親以外でも面倒がみられる。
ところがチンパンジーは大人と同じものを食べられるようになる少年期になるまで母乳を飲み続ける。そのため母親が付きっきりになる。
人間は出産後1年で次の妊娠準備に入れるが、チンパンジーの場合は5年。










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